島津法樹さんのコラム
初出は「ハイハイQさんQさんデス」(http://www.9393.co.jp/)に
2004年8月から2005年11月まで連載された「損する骨董得する骨董」です。
第102回
商品学(インド編)
幸せ、サルナートの仏陀-インドにおける墓地経営
 
5世紀サルナート座仏


ヒンズー教の聖地ベナレスの北6キロのところに
仏教の聖地サルナートがある。
サルナートは釈尊が始めて説法をした所で、
鹿野苑の跡として四大仏蹟のひとつとなっている。

グプタ朝サルナート派の作品といわれる画像1の座仏像は
サルナート考古博物館に収蔵されているものだ。
始めてその前に立ったとき感動で全身が金縛りにあった。
黄白色の砂岩は肌理が細かく、
人間の肌に近い発色をしていた。
1500年を超える時の中で
像も命を吹き込まれたようになっている。
ブロンズでも石でも、
長い年月を経て表面に時代の錆が付くと、
それを製作したときより生き生きとするものがある。
この像もまさにそうで、
限りなくやさしく気品に満ちた穏やかな姿であった。

転法輪印を結んでいるのは
釈尊が鹿野苑で最初に説法をした姿を現しているのだ。
5世紀ごろグプタ・サルナート派の仏師達は
マトゥーラ派とは違った表現方法を用いている。

通肩〈首を通した衣〉にまと纏った衣が肌に密着し、
身体の線が浮き出ている。
ガンダーラやマトゥーラのように衣に襞がないのだ。
また目は半眼に閉じて丸顔で若々しく美しい。
両手は転法輪印を結んでいて、
その指の間には水掻き状の膜がある。
骨董を学ぶ最も確かな原点は
この仏像を近くからしみじみと眺めることであると思った。
この世で一番美しい音楽、おいしい食事、
花々の醸し出す香りなどと同じように
この仏の横にいるだけで幸せになれる。
僕が見てきたこの像はそんな仏像である。
あなたも至福の時をすごすことが出来る。

ああ、そうそう、
サルナートの釈迦が始めて説法をした鹿野苑には
奈良のよりやや小さな鹿が5,6匹ずつうろうろとしていた。
僕を見るとジーと動かず、こちらを見ているのだ。
まるで極楽浄土のような佇まいだった。
時折吹く風は緑の香りを運んでくるし、
満ち足りた気持ちにしてくれた。

そこで僕が考えたのは、
ここは土地代も安いだろうから
この仏教の聖地、鹿野苑の横で
安らかに眠れればどんなに良いだろうかということだ。
どなたかやってみませんか。

 
鹿野苑と仏塔