島津法樹さんのコラム
初出は「ハイハイQさんQさんデス」(http://www.9393.co.jp/)に
2004年8月から2005年11月まで連載された「損する骨董得する骨董」です。

第135回

<とぴっく10>
スーパーリッチマンの定義―お金の番人
 
17、18世紀ベンチャロン碗

「やあ、良く来たね。あなたことは娘からも良く聞いていますよ」
と、やさしく声を掛けてくれた。
さらに
「タイの壺や鉢を日本に持ち帰って商売になるのかね」
と訊いてくる。
タンさんは大企業グループの会長で雲の上の人だが
この頃娘のポンチェップさんも
僕のライバルになっているので油断がならない。
だから少し控えめに説明した。
実は当時日本ではタイの陶磁器が結構売れていたのだ。

「まだ、収集家が少ないので大変です。
 いずれコレクターも増えると思います」
すると僕の方をじろっと見つめた。
「君はずいぶん忙しくしているらしいね。
 何のためにそんなに働くのかね?」
と笑いながら重ねて尋ねてくる。
「お金を稼ぐためです」
と月並みな返事を返した。
当時お金を稼ぐと言う一点だけが僕の重要な目標だった。

「金を稼いでどうするのかね」
「余裕が出来れば家を建てたり
 他のビジネスをやったりしてみたいですね」
「それでどうするのかね?」
僕は答えに詰まってしまった。
「日本人は誰と会ってもみな忙しい人達ばかりだ」
と言う。
「日本人は確かにお金を持つことになるだろう。
 しかし、時間を失うだろうな」
と言った。

この人は何を言っているのか、
お金を儲けるため時間を費やすのは当たり前のことじゃないか。
しかし、あれから30年経ったこの頃、
つくづくと考え込むことがある。
タンさんはさすがに洞察力のある人だった。
彼の言った言葉が今思い出される。

「君ね、本当のリッチマンはお金を持っている人ではないよ。
 それは金の番人に過ぎない。
 金を使う十分な時間がなければ意味がないじゃないか。
 それだけでもまだ本物の金持ちとはいえないな。
 幾ら金を使っても喜びを感じる心が備わっていなけりゃね。
 この3つがそろってはじめてリッチマンといえるのだ。
 骨董なんてそんな人の為にあるのじゃないか?」
と意味深い言葉を掛けてくれた。