初出は「ハイハイQさんQさんデス」(http://www.9393.co.jp/)に
2004年8月から2005年11月まで連載された「損する骨董得する骨董」です。
第27回
 
緊張する店−柱の影の男
 
 

昔骨董を始めたころ、

骨董屋のドアを押して中に入ることは

中々難しかった。

プロになった今でも入りにくい

店構えの店が沢山ある。

中でも京都のさる店についての僕の昔話、

「こんにちは」と言って中に入ったが、

誰も出てこない。

素人の骨董暦3年位の時なので

○○古美術と書いてあると

どんなに敷居が高くても

勇を鼓して入っていた。

幾ら呼んでも誰も出てこないし、

店の中を見渡しても

備前の水指のようなものが

数点おいてあるだけで

がらんとしていた。

きっと僕の来店を知らず中で

何か用をしているように思えたので、

もう一度「見せてもらいますよ。」と

断って

信楽の壷をしっかりと見ていた。

口辺から肩にかけて明るいビードロの

ガラス釉がダラッと流れ、

結構気分の良い品だった。

10分ほど見ていただろうか、

それでも人の気配がない。

横にあった備前の水指に目を移した。

これも結構時代があって

桃山くらいはあるだろうと思われた。

水指の高台を見ると大体の時代が

分かるので

手にとってチェックしたくなったが、

店の人のいない間に触わるのも躊躇われた。

その隣に暦手の三島徳利が置いてあった。

首が程よく歪んでそれがまた

なんともいえないいい景色だった。

思わず手にとって高台を見ようとした時、

後ろの方から小さな声がかかった。

「いらっしゃいませ」

聞こえるか聞こえないかの声だった。

振り返ると黒く磨かれた柱の影から

その店の店員らしい男がヒソッ

と立っていて僕を見ていた。

「触っていいですか」と聞くと「

はあ?」と言うのだ。

イエスともノーとも言わないけれど

それはだめだと言うような感じだった。

それでももう一度高台裏を見たいので

触っていいですか。

と聞いてみた。

「へえ?」と言うのだ。

僕は緊張してしまった。

どうも場違いなところへ

入ったようだった。

その店員は僕と同年輩くらいだと思うが、

こちらに来ず、

柱の影から隠れるようにしてジーッと

見ているのだ。

そんな風にされると結構いらつくし、

立場がないような気がしたが、

僕は三島の徳利を掴んで高台裏を見た。

それは確かに大変良いものだった。

すると柱に隠れていた店員が

この礼儀知らずの田舎者という感じで、

慇懃無礼に足音も立てずスーッと

近づいてきた。

そして先ほどと同じように囁くような調子で

「いらっしゃいませ」というのだ。

両手を動かさないモミ手ポーズで

目を合わさず、

黙って斜め下を見ている。

上体をやや前かがみにしているので

第三者から見るとうんと下手に

見えるだろうが、

結構僕も緊張してしまった。

「この徳利幾らですか」、と聞くと、

また「はあ?」と言うだけだ。

たぶん僕も買えないだろうとは思ったが

せめて値段だけは聞いてみたいと

思いさらに突っ込んだ。

店員は黙って下を向いているだけだった。

老舗のとても緊張する店の出来事だった。

以後その店の前を通る度

あんなことがあったなあ。

今でもそうだろうかと思うが、

足は絶対その方向に向かない。