島津法樹さんのコラム
初出は「ハイハイQさんQさんデス」(http://www.9393.co.jp/)に
2004年8月から2005年11月まで連載された「損する骨董得する骨董」です。
第84回
商品学(ミャンマー編)
緬鈴―えもいわれぬ音色の動く玉II
 

「ノリキさん中に入ってください」
といって案内してくれた店の奥は、
窓も何も無い15平方メートルくらいの味気ない部屋だった。
一番奥にこの部屋にはぴったりな雰囲気の
カーキ色の大型金庫がドンと置いてあった。
その前に年代モノの応接セットがあった。

頑丈そうな金庫は絶対あけることはできませんよといっている。
ワンさんの
「金庫を持ち出す時は
 店のコンクリートの厚い壁を壊さないとだめなんだ」
という言葉が思い出された。
泥棒も家を壊してまで金庫を持っては行けないだろうから、
このセキュリティは万全だ。

早速僕のリクエストに答えて、
ワンさんが大型金庫のダイヤルをカチャカチャ回した。
しばらくして
「はい、ノリキさんこれ」
と僕のほうを振り返り、
直径5センチほどの黄金の舎利容器を
テーブルの上にそっと置いた。
僕は舎利容器も気にはなったが、
ワンさんの金庫の中も同じくらい気になるので
彼の背中越しに金庫の隙間を覗いた。
下段あたりに厚さ20センチくらいに
金塊がぎっしりと積んであった。
さらにその上段に金の鎖やアクセサリーが
どさっと言う感じで積んであった。

100キロや200キロの金の量ではないだろう。
中国人の金に対するエネルギーを直に感じた。
金庫の一番上の段に骨董品が30点ほど置いてあった。
それらの一番前に
直径10センチほどのプラスチックの容器があって
ビー玉よりやや大きい金の玉が入っていた。

「ワンさん、その玉も見せて」と僕が言うと、
彼はびくっとした。
そして肩を上げ僕を睨みつけた。
金庫を覗きこまれたのでびっくりしたのだろう。
それでもまあいいかという感じで、
その玉の入った容器もテーブルの上に置いた。
彼がテーブルにおいた3つの金の玉は
その時不思議な音を発した。
オルゴールの響きのような
まるで天空から降ってくる光を音にしたような音色だった。
僕はいっぺんに欲しくなった。

「ワンさんこれ何?」と僕が尋ねると
「12〜13世紀頃の寺院の基壇から出たものだ」というのだ。
中から1個取り出し、掌に乗せると、
なんと玉がひとりでに動きそうになるのだ。
テーブルの上においてみると、一人でごろごろと動き出した。
このテーブルは金を量る正確な水準器を乗せる為
きっちりと水平が保たれているのだ。
それなのにシャリン、シャリンと
本当に良い音を発しながらゆっくりとテーブルの上を動くのだ。
まるで生き物のようだった。

玉の値段を聞くと1個15000ドルと言った。
とても買えないので、
舎利容器も玉も商談不成立となってしまった。
金関丈夫先生の解説を読んだ今、
その玉は緬鈴を模した非
常に価値のあるものだったに違いないと思う。

ワンさんの緬鈴は誰かに買われてしまったようで今はもうない。
緬鈴の写しらしい、同様の玉が
奈良の平城京からも出土していると聞いたが、
真偽の程は定かでない。
旅をしていると、とんでもない物に出会うことがあるが、
これからはチャンスを逃さないようにする。