島津法樹さんのコラム
初出は「ハイハイQさんQさんデス」(http://www.9393.co.jp/)に
2004年8月から2005年11月まで連載された「損する骨董得する骨董」です。
第113回

第115回
<とぴっく10>
脚下照眼―誰が一番もうけたの

 
蔵の逸品(その4)唐加彩馬


後日彼が言うのには、
1枚3000円くらいと思っていたようだ。
翌日決済を済ませて店に帰った。
皿をきれいに洗ってみると、
びっくりするくらいの見事な7寸皿だった。
ぬるま湯で洗い終わって布で拭いているところへ、
伊万里専門の老舗の店主が
「やあもうけてる?」と軽いのりで入ってきた。
僕の手元にある皿をチラッと見て、
もう一度目を大きく見開いた。
僕はその顔の動きを見逃さなかった。

「島津君、その皿ちょっと見せて」
と言いながら僕の手からひったくってしまった。
「むっ」としたがその引きの強さだけ、値打ち物と確信できた。
「これどうしたの?」とがめるような言い方だった。
「仕入したんですけど・・・・」
この業界でべつにHさんにお世話になったこともないけれど
老舗の看板には駆け出しはなんとなく頭が上がらない。
「売り物?」
「はい」ここは下手にでたほうが話が早い。
「何枚あるの?」
「8枚です」としおらしくいった。
「一枚いくら?」と彼は畳み込んできた。
50万円くらいと思ったが
「このごろ吹き墨150万位するよ」
同業者のしゃべっていたのが耳の奥に残っている。
それで1枚100万と思ったが
やや謙虚に「90万円です」と言った。

Hさんが黙って皿を嘗め回すように見ているので
少し不安になった。
「高いね、いらん」と言われるような気がした。
彼は僕の顔をじろっと見た。
先程までの軽いのりはどこにもない。
「全部もらうから包んで」と睨み付けるように言った。
「島津君、8枚ということはないでしょう。
後2枚何処かにしまってあるの?」
2枚足りない理由を説明すると
「出来ればそれももらいたい」と言うのだ。

銃コレクターのYさんへ電話したが、
残りの皿は譲ってもらえなかった。
彼もどうやら情報を入手したようだった。
「君、良い目してるね」と言って誉めてくれた。
8x30=240
8x90=720―240=480
8x350=2800―720=2080
この吹墨の皿は各々有名な美術館に収集されたようだ。
伝え聞くところではHさんは
1枚350万円くらいで売ったらしい。

誰が一番もうけたのだろう?
やはり老舗はすごい。
僕もこのことがあってから
本格的な骨董ビジネスに入って行くことになった。