「幾らで買っていただけますか」 2つの鉢は10年以上前だったら 2点で4~500万は出しているだろう。 しかし今2点を100万以内で仕入をしないと、 こちらもビジネスにならない。 僕は正直に言った。 「欲しいものですが100万円が限度です」と言い切った。 老人はがっかりしていたが、 「もう少しアップできませんか」と押してこられたが、 丁寧に断った。 「他を少し回ってきます」 やはり納得がいかなかったのか、 重いガラス戸を押して出て行ってしまった。
「しょうがないな」と心の中でつぶやいた。 いくら欲しいものでも 値段があわなければ僕ら骨董屋はあきらめる。 しかし、仕事をしていても 時々あの美しい翡翠色の青磁釉が、 ちらちらと目の奥のほうで浮かぶくらいだった。 そのうちお客さんの対応や様々な出来事があり いつしか鉢のこと、2人のことは忘れてしまった。
翌日昼頃、昨日の2人が入ってきた。 「昨日は失礼しました。 欲を出して他をあたったりして申し訳ないことをしました。 昨日の値段で買っていただけるでしょうか」 と言った。 「いいですよ」 複雑な気もしたが、 良いものを入手できると心地よい興奮が沸いてきた。 「あれからこの辺りを回りましたが、大同小異でした。 10万ほど高く買ってくれると言うところもありましたが、 この鉢を誉めていただき、 私もうれしかったので恥をしのんで来たと言う訳です」
売り手と買い手の信頼関係が生まれた とても良い形のビジネスの一こまだった。 2つの鉢は店に並べるまもなく 高麗青磁の大好きなコレクターのところに行ってしまった。 骨董商売と言うのは売り買いに意外と情が絡み、 値段だけでは計れない場面がよくある。 商売人として誠心誠意やれたのでとてもいい気分になった。
よく骨董屋は「値打ちものでっせ!」と、 売る時はと言いながら、 買う時は「叩きまくって安く買う」と言う人がいる。 が、心を潤わせ楽しみを紡ぐ品を扱うのに 冷徹なビジネス感覚だけではこの商売はやって行けない。 どこかホッとするようなところが必要なのだ。 これからこの商売を心がける人はこの辺りを大切にして欲しい。 僕の好きなホリエモンさんも こんな気持ちで会社を買ったら美しいヒーローになるのに。 惜しい。
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