雨がしとしと降る日だった。 70代後半の男性と50歳くらいの女性が入ってきた。 「朝鮮陶器を持っていますが買っていただけませんか?」 と男性が丁寧に切り出してこられた。 「値段が合えば頂きます」と言って奥へ通した。
僕の店には月に何回もいろいろな売込みがある。 しかしマナーの悪い人ほどろくな物を持って来ないし、 盗難品なんかも混じっているかもしれない。 その逆に品の良い人の持ち物は総じてレベルが高い。 この男性はどこか身体でも悪いのか、歩き方がいまいち頼りない。 それを女性が支えるようにして付き添っている。 昨今骨董業界は厳しい時代で、 不動産と同じように 以前の買値の十分の一くらいに値下がりしたものもある。 二人連れの持ち込んできた品物がよいものであってくれ と思いながら彼の顔を見た。
「とても良い状態の高麗青磁です」と彼は言い、 女性に促して二つの箱を手提げ袋からとりださせた。 そして箱ごと「どうぞ」とテーブルの上を僕のほうへ滑らせた。 あまり良い箱ではなかったので、一瞬がっかりしたが 紐を解いて中身を見、びっくりしてしまった。 これまで見たこともないような美しい翡翠色の鉢が出てきた。 鉢の中〈見込み〉に毛彫り〈極細〉文様で鳳凰と雲が描かれ、 申し分のない逸品だった。 他の一碗も白黒象嵌された牡丹の花がしっかりと描かれた、 なかなかの品だった。
「2点ともよいですね」と正直に言った。 僕は外国では絶対感心したり誉めたりしない。 プロ同士の戦いだから 足元を見られないようシビアにやっている。 老人はうれしそうに頷いて連れの女性を見ながら言った。 「生活の足しに少しでもと思ってね」 二人には込み入った事情があるらしい。 目の前に置かれた2点の作品は 非常に高価な値段で購入したらしい。 しかし、昨今北朝鮮から 朝鮮陶磁が中国経由で持ち込まれており、 値段が下がっている。 この辺りのことを彼に説明した。 「よく知っています」と言って不安そうに顔を曇らせた。
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