一年ほどして、ロンドンから1通の手紙が来た。 まったく知り合いのないところなので、 不審に思いながら封筒を見ると、銀行の名前が印刷されていた。
「こんな銀行知らんがな」と思いつつ封を切った。 まったく知らない差出人だった。 レターペーパーは上質で、 クリーム地に銀字で会社名と名前が印字されていた。 誰かに聞いた言葉が頭を掠めた。 「良いレターペーパーとセンスの良いサインは上流階級のものだ」
手紙を読むと、1年前にスコータイで出会った、 あのロンドンのバンカーだった。 なんとレターヘッドにはプレジデントと印刷されている。 頭取専用のレターペーパーだった。 さっそくその銀行を調べてみると、 イギリス第6位の商業銀行のオーナー社長だった。 ユダヤ系なのにアラブのオイルダラーと 親密な関係を持つ銀行らしいという事もわかった。 手紙の内容は1ヵ月後の2月に京都に行くが、 君の都合はどうかということだった。 メールのない時代なので、すぐにOKの返事を送ったが、 本当に来るのかどうか大変気になった。
寒い、寒い京都の2月、 柊屋という旅館から電話が掛かってきた。 それで行った。 飴色の柱や良く磨かれた廊下。 ホテルと比べるとうんと天井の低い 「日本の~」という旅館だった。 女の人に案内され、彼らの部屋に通された。 3間か4間ある結構広い部屋に二人はいた。 疲れているだろうにちゃんと服を着て僕を待ってくれていた。 やっぱりロンドンのジェントルマンだ。
1年前のスコータイでの僕のコーチに対して、 丁寧なお礼を言われた。 彼らはそれ以後タイ陶磁に興味を持ち、 コレクションをしているという。 彼らが持参のコレクションの写真を僕に見せたので、 ずいぶん話が盛り上がった。 翌日のスケジュールを聞くと「フリーだ」というので 信楽を案内してあげることになった。 陶芸家の友人のところへ行き、 彼の手作りの古電柱で建てた茶室で抹茶を飲んだ。 小さな室内が気に入ったのか、 二人ともあちこち興味深く見ている。 これと同じものを ロンドンの庭に作ろうと思っているのかもしれない。 頭取が飲み終わった茶碗を珍しそうに眺めながら僕のほうを向いた。
「ノリキさん、この茶碗いくらですか?」 「知り合いだから安くしてあげて」といった。 陶芸家が発表価格の半分くらいの値段をつけた。 「7万といってますが・・・・」 「オー」といって茶碗を畳の上に置いてしまった。 一泊数十万円もする部屋に泊っているのに 7万円の茶碗にびっくりしている、 不思議な価値観を持った人達だ。 なんとなく気まずいものが走った。
いろんなことがあったが、それでも信楽の旅も無事終わった。 彼らを旅館へ送ろうかなぁ~と思ったとき頭取が 「あなたの店に行きたい」と言い出した。 どんな金持ちか知らんが7万円の茶碗にびっくりするようでは、 僕の店に来てもらっても話にならんから断ろうと思った。
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