和尚さんはいつも難しい顔をしている。 ある時 「キミ、交趾の香合(福建省田坑窯で明時代後期に焼かれた。 茶道具として用いられる香入)のよい物を見せてやる」 と言って古い桐箱を3個、収蔵庫から抱えてきた。 とても大事そうにそっとテーブルの上に置いた。
「開けて。キミらが扱う掘りの手とは違うんだ」 とニコニコしながら言う。 ちょっと気持ちが悪い。 一応マナーは守り 「拝見します」と言って紐を丁寧に解き、 古裂で包まれた香合を中から取り出した。 この分野は僕の専門であるから、 布に包まれた状態で手に取ったときから ピンと来るものがあった。 とても軽かった。 僕が見たその香合はやはり偽物だった。 よく出来ているが本歌とは風格がぜんぜん違った。 結局、三点とも真っ赤な偽物だった。
こんなえらい坊さんをだます骨董屋は大変な奴だと思えた。 僕にはとても出来ない。 「かまへん、またせておくんや!」 と言った時の怖い声が降ってくるようで言いにくかった。 「どや!ええもんやろ、 キミらの取り扱う品とはだいぶ違ってるやろ」 と言う妙な猫なで声。 しかし目は笑っていなかった。 ええ、どうなってもかまへん。 怒鳴られても僕が売ったんじゃない。
真実を告げようと思って、「和尚さん!」と言った途端、 「ダメか?ワシはよいもんやと思うよ。 君は伝世品を見てないから分からんのも無理ない」 と言ってさっさと香合を箱の中にしまってしまった。 収蔵庫に持ってゆくとき箱の紐と掴んでぶらぶらさせ、 ぞんざいな取り扱いだった。 和尚さんの心の中が見え見えだった。
「キミ、交趾のええのがあったら持ってきて、見てあげるから」 と帰る間際に一声掛かった。
(つづく・・・・・・)
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