福々しい顔のYさんは自信たっぷりに僕の目の前に座っている。 「写真か何かありませんか?」 と尋ねると鞄の中から大きく引き伸ばした数枚の写真を取り出した。 「今、専門家に鑑定してもらっているので現物はありませんが、 有名な彫刻家の箱書き付です」 と付け加えた。 Kさんの話の仏像に違いない。
「それで幾らなんですか?」と聞くと1億5千万円だと言う。 さらにうまい話がくっついていた。 国宝級のものだから日本のコレクターが欲しがっていて、 博物館の鑑定が取れさえすれば2億円で買うと言っている。 とりあえずソウルの持ち主に金を払わなければならない。 「あなたが1億5千万円で買い取ってくれれば 必ず2億円で売りますから」と言う。 「京都の業者にも話をしているので早く返事が欲しい」 と言い残し、Yさんはソウルに帰った。
何も苦労せずに5000万の利益が生まれるのだ。 それもソウルの一流の同業者の保証付だから、 万に一つの間違いもないように思える。 僕はその夜悶々として眠れなかった。 しかし結局この話は止めることにした。 第一に苦労せず、5000万も儲ける不自然さ、 第二に、こんなスポットの売上を上げてもビジネスの意味がない。 それに万一トラブれば何年も立ち上がれない損失が怖い。 身丈に合った仕事こそ、僕のやり方ではないかと考えた。 多分仕事を始めかけたときなら、がむしゃらにやったと思う。 二十数年の間に僕も結構学習をしたようだ。
それでこの話をきっぱりと断った。 するとソウルのYさんは「いいですよ」と簡単に了解した。 「あの仏像、博物館で鑑定してもらったけれど 正真正銘の白鳳仏でしたよ。惜しいことをしましたね」 と、彼は一言付け加えた。 その時は僕の胸の中でズキンと稲妻が走った。 しかしこの業界は結構狭く僕も情報網を持っているほうなので、 白鳳仏のその後をウオッチングしたが そんな素晴らしい仏像はどこにも出回っていない。
KさんとYさんの言葉の違いが感じられた。 Kさんの手紙の最後の一言が響いてきた。
「この話を進めるのならば一度ソウルへお越しください。 鶴首してお待ち申し上げます」
素晴らしい手紙の結びだった。 このような人間を作る日本の教育は どこへ行ってしまったのだろう。 やいやいとやかましいジコチューな要求より、 Kさんのようなもの静かな教養人との会話に、 相手の心の中に入り込む何かを感じる。 骨董を通じて経験した僕の思い。
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