Dさんの風貌は茫洋としていて、本心がつかみにくい。 物いいもゆっくりしているので、誰もがのろまだと思っている。 いろいろな分野の事業をやっているので、ある時、 「何がご本業ですか?」と僕が聞いた。 「自分でも本業が分からない」と、言うくらいだ。 そのDさんの得意技は早耳だ。 不動産情報など神業に近い。それに正確無比。
「あそこの角地、売りにでまっせ」 と言うDさんの言葉をチラッと聞いた。 しばらくすると、本当に売りに出されていた。 そんな人なのでバブル期には、膨大な土地を買い捲っていた。 しかしDさんは手仕舞いも早かった。 「もう土地はアカン」と言って、 銀行がもたもたしている時期に手持ちの土地をどんどん売った。 「こんなときに迷って、ババつかみするやつがいるんや」 と駅前の一等地でも気前よく売っていた。
「しばらく何もする事がないから骨董でも買うか?」 と言って、4人の中で一番最後に骨董の世界に入ってきた。 僕を嬉しがらせてくれたのは最初の1,2点だけで、 二十数年お付き合いしているが 買ってもらったのは全部覚えているくらいだ。 しかし彼の話は面白い。
「あそこの会社、倒産しよるで。 社長趣味人やから骨董品仰山あるやろ」 しばらくすると、その会社の整理目録を持ってきたりする。 ある時アパレル大手の倒産があった。 新聞にも載ったので 「へ~、こんな会社でも倒産するのか」と怖くなった。 その頃になると皆反応が鈍くなっていた。 あまりにも大手の会社がどんどん倒産していた。 ある日Dさんが、店の前に車を止め 「島津さん、鑑定してくれんか」 と、車に乗れと手招きした。 着いたところは新大阪近くのビルの中だった。 広いフロアーいっぱいに 焼き物、ブロンズ、象牙細工など骨董品が所狭しと置いてあった。
(次回へ続く・・・・・)
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