バンコク、リバーシティ3FのPアンティークスは この商業ビルの中に3店舗を持つ大手骨董屋だ。 15年前に初めてこの店を訪れた時は、 展示しているクメールの石像美術が僕を圧倒し、 厚いガラスのドアを押すのさえためらわれたものだった。
プレ・アンコール期、プノム・ダ様式(6、7世紀ごろ)の ビシュヌ神がジロッと僕をにらみつける。 それに「アンタ、買えるかしら?」 横の女神像が妖艶な微笑を投げてくる。 一応中に入ったものの、 どうも場違いの店に足を踏み入れたような感じがする。 それでぐるっと見渡しただけで出ようとすると、 物凄く柔らかな笑い顔の店主が出てきた。 なんと!タイ人なのにモミ手をしていた。 「ミスター、何かお気に入った作品がございましたでしょうか?」 と、とろけるような笑顔と対応の良さ。 この頃の慇懃無礼な日本のデパートの店員や、 無愛想な高級ブランド店のスタッフに 彼の爪の垢でもせんじて飲ませたいくらいだ。
つい釣り込まれあれやこれや聞くととても丁寧に答えてくれる。 それで高さ60センチほどの男神像を買わされてしまった。 金額は3万ドルだった。 ついでに入り口近くのビシュヌ神像の値段を聞いた。 彼は顔をくちゃくちゃにして 細い華奢な指で計算機のキイを叩いた。 「ミスター・・・」と言いつつ数字を見せた。
『US$270,000
』 この数字を僕はきちんと把握していなかったようだ。 US$27,000と理解した。 こんな思い込みは時々ある。
僕は誰もが認めるハードネゴシエーターだ。 店主は27万、僕は2万7千とすれ違いはあったが、 後ろの7,000ドルを負けさせようと必死で交渉した。 結局22と言うことでお互い話をつけたのだが、 支払いの段になって22万ドルと言うことがわかり、 この像はキャンセルとなった。 その時の店主の冷たい顔は未だに忘れない。 以後タイ人の二面性についてはしっかりと掴んでいる。
そのビシュヌ神は15年経った今もその店の同じ場所においてある。 このコラムを書くのにもう一度しっかりチェックしてきた。 残念ながら100パーセントのコピー作品だ。 僕が買った男神像は断るまでも無くオリジナル作品で プノンペン博物館館長の鑑定書もつけてもらっている。 こんなぎりぎりの偽物とのせめぎあいも 骨董商のスリリングな一場面だ。
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