「今どきこんなものがあるのですか?」 「ミンダナオから来たんだ」 とヤッコさんがいった。 僕も情報は掴んでいる。 ミンダナオ近くの島から中国陶磁が出土しており、 それをヤッコさんが買ったようだ。 「高いでしょうね?」と訊くと、 「まあね」と頷いた。
壺の高台や内側を覗いていると 「ノリキさん、なんなら売ってもいいよ」 と後ろから声がかかった。 「幾ら?」 「値段はそちらで付けて」 「2点で15万ドルくらいですか」 と市場価格の十分の一くらいの値段を言うと、 「それジョークかな?」 と渋い顔で言った。 ヤッコさんはミンダナオの堀屋から もっと安い値段で仕入れているにちがいない。
「皿が30万ドル、壺が120万ドル、君には無理かな?」 と言った。 いい値段だが抱え込んでしまうと店の経営がアウトだ。 ある美術館の学芸の人に 「元染のいいのがあれば教えてね」 と聞いてはいたが、話だけで保証がない。 こんな時の見込み仕入が一番難しい。 結局この話は流れてしまった。
ヤッコさんは日本でいえば 一部上場企業を幾つか持っているオーナー社長だが、 僕みたいな若造に対しても骨董の売り買いをやる。 誰とでも付き合える幅の広さは彼の強力な武器だ。 「イメルダ夫人も骨董好きで良く官邸に呼ばれるよ」 とも言っていた。 その彼が、 「骨董は絶対に損をしないビジネスだね。 楽しんで高く売ればわくわくするよ」 と僕が言わねばならんことを言った。
美に取り囲まれたヤッコさんの目は鋭い。 そんな目でビジネスもしっかりと把握しているのだろう。 マルコスが失脚した後も、 彼は次の政権ときっちり結びついて 今もマカティの朝食会に出ているらしい。
|