「Aさん、やはり骨董を寄贈してしまったことは 少し早まりましたね」 と言うと、自分のしたことを否定されたと思ったのか、 「あれはあれで、いいんですよ」 と、寂しそうに言った。 かなり後悔している様子が見え見えだった。 何しろ40年を超える収集と聞いている。
僕は数日後にタイから仕入れてきた スコータイの素晴らしい鉄絵大皿を持ち込んでAさんに見せた。 美術館に寄贈してしまうと殆どの人は力が抜けてしまう。 しかし、中には全部なくなったので もう一度収集意欲を盛り返す人もいるのだ。
どうだろう。 それまでしょぼしょぼしていたAさんの顔がぱっと明るく輝いた。 僕が見せた鉄絵皿は、 Aさんが美術館に寄贈したものの中にも数点あったのに、 そのことを忘れたかのように興味を示した。 「久しぶりに見る名品だね。幾ら?」 と言う。 横にいた奥さんがびっくりした。 奥さんはAさんが骨董品を買う時いつも大反対していたらしい。 「こんなものを、いくつも買ってどうしようもないでしょう」 とか言っていた。 しかし、ここのところ元気のない夫の顔や 常にぶつぶつとこぼす鬱症状と付き合い、 自分もいたたまれなくなっていたようだ。 久々に見る夫の明るい顔つきにハッと気づいたようだった。
少々お金を使っても経済的には全く問題のないAさんだ。 なのに、楽しみをどんどん削って 整理することばかりをやっていた為、 鬱症状に入ってしまったのだ。 人生たまに無駄をやり、 楽しみを作り前向きにものを考えることで 大きく生き方を改善できる。 その後収集のアップダウンはあったが Aさんは骨董によって楽しみを取り戻した。
「美術館に寄贈などするもんじゃない。 死んだら死んだときのこと、 妻だって、棺桶には一緒に入ってくれない。 後のことは誰かが何とかやるだろう」 と言うほどになった。 僕も全く同感だ。 あの世に持っていけるものなど何もないのだ。
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