さる名刹の高僧の話。 和尚さんは大の骨董好きとして広く名を知られており、 骨董や茶の湯の著書も多数ある。 忙しい時間の合間を縫って熱心に骨董屋を訪ね歩くので、 モノもよく見え知識も豊富だ。 僕など時々教えを頂く。
その和尚さんは、こわもてする人で 周りの人など腫れ物に触るような態度で接している。 随分以前のこと、 お寺の応接室で和尚さんと骨董の話をしていた。 ドアを開けて女性の取次ぎの人が入ってきた。 「○○先生がお見えです」 と言いながら名刺を卓上に置いた。 目をやると、 その名前はテレビなどにもちょくちょく出てくる 有名な政治家だった。 ここに僕がいて邪魔をするのも悪いと思い 「出直してきます」 と立ち上がろうとした。
「アンタの話のほうがよっぽど面白い。まあ、ここにいなさい」 と言って、それから延々1時間ほどあれやこれやと話をした。 忙しい政治家を待たしては申し訳ないし、 こんなことをしていてよいのかと気が気でなかった。 「和尚さんいいんですか?」と聞いてしまった。 「1時間も早く来るほうが悪い。よっぽどヒマなやつじゃ。 待たせておけ!」 僕が聞いたので答えたのか、 再度取り次ぎに来た女性に言ったのか、よく通る声で言った。 隣の部屋にいる政治家には筒抜け状態だ。
又、ある時和尚さんは 僕の知り合いと一緒に芝居を見に行った。 男女の別れの場面でぼろぼろ涙を流し大声で泣いたそうだ。 「私はびっくりしましたよ。 あの人の泣き場なんて考えられませんからね。 それに近くの人がみなこちらを見るので、 いたたまれませんでした。 なんせ、目立つ人でしょう」 と言って身振り手振りでその場の出来事を再現してくれた。 思わず笑ってしまったが、 和尚さんの物凄く心臓の強いところと、 細やかな情を持った一面を表している。
(つづく・・・・)
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