島津法樹さんのコラム
初出は「ハイハイQさんQさんデス」(http://www.9393.co.jp/)に
2004年8月から2005年11月まで連載された「損する骨董得する骨董」です。

第155回

骨董と人―ボロは着てても一発30万ドル

11世紀ウマー神(バプオン様式)

「朝っぱらから景気のいい船に乗ってるじゃない」
と言うと彼は僕の手を強引に引っ張って店に急いだ。
「昨日はありがとう。
 店の品で気に入ったのがあれば、あんたの言い値で売るよ」
と言う。
彼はとてもシビアでケチ。
値段が合わずしょっちゅう物別れになる。
ところが今日は朝から変な風が吹く。

例のビシュヌ神、ああ言ってくれるから訊いてみようと思い、
昨日の場所へ行くと石像がなくなっていた。
「あれ、ここのどうしたの?」
と聞くと店主はとろけるような嬉顔をした。
「売れたんですよ、昨日」
「えっ!あの若いのが買ったのか?」
「ホントです」
「お金大丈夫?」と僕が言うと、
「ノリキさん、人は見かけで判断したらダメですよ。
 あなた知ってる?
 アメックスのブラックカード?」
「ぜんぜん知らんがな」
「年間1500万円以上使わなければならないVIP用のカードだ。
 家も買えるらしい」

不愉快になってきた。
説明は全部やらせて、いいところを持って行かれた気分だった。
彼の話によれば、その後若者が石像を買うといったそうだ。
どうせ買えないのだからびっくりさせようと思い
30万ドルと吹っかけた。
すると値切りもせず「OK!」といってカードを出したそうだ。
30万ドルも使えるカードを彼は知らなかった。
からかわれたと思ったが一応カードを受け取ったらしい。
いつも見慣れたカードとはぜんぜん違う、黒いカードだった。
デザインから見て偽物とも思えないので
アメックスに問い合わせたところ、
「全く問題ありません。その方の買い物は無制限にOKです」
といわれ、飛び上がった。
ホテルを聞いたところオリエンタルのスイートだと言う。
それで今朝早く奥さんと花を持って挨拶に行ったらしい。

僕は店主に名前を聞いたが、
客を取られると思ったのか教えてくれなかった。
名前を聞き逃したが、
ばさばさの髪、背が高く痩せ型、丸いめがね。
あの若者がビル・ゲイツではないかと今も疑っている。