「朝っぱらから景気のいい船に乗ってるじゃない」 と言うと彼は僕の手を強引に引っ張って店に急いだ。 「昨日はありがとう。 店の品で気に入ったのがあれば、あんたの言い値で売るよ」 と言う。 彼はとてもシビアでケチ。 値段が合わずしょっちゅう物別れになる。 ところが今日は朝から変な風が吹く。
例のビシュヌ神、ああ言ってくれるから訊いてみようと思い、 昨日の場所へ行くと石像がなくなっていた。 「あれ、ここのどうしたの?」 と聞くと店主はとろけるような嬉顔をした。 「売れたんですよ、昨日」 「えっ!あの若いのが買ったのか?」 「ホントです」 「お金大丈夫?」と僕が言うと、 「ノリキさん、人は見かけで判断したらダメですよ。 あなた知ってる? アメックスのブラックカード?」 「ぜんぜん知らんがな」 「年間1500万円以上使わなければならないVIP用のカードだ。 家も買えるらしい」
不愉快になってきた。 説明は全部やらせて、いいところを持って行かれた気分だった。 彼の話によれば、その後若者が石像を買うといったそうだ。 どうせ買えないのだからびっくりさせようと思い 30万ドルと吹っかけた。 すると値切りもせず「OK!」といってカードを出したそうだ。 30万ドルも使えるカードを彼は知らなかった。 からかわれたと思ったが一応カードを受け取ったらしい。 いつも見慣れたカードとはぜんぜん違う、黒いカードだった。 デザインから見て偽物とも思えないので アメックスに問い合わせたところ、 「全く問題ありません。その方の買い物は無制限にOKです」 といわれ、飛び上がった。 ホテルを聞いたところオリエンタルのスイートだと言う。 それで今朝早く奥さんと花を持って挨拶に行ったらしい。
僕は店主に名前を聞いたが、 客を取られると思ったのか教えてくれなかった。 名前を聞き逃したが、 ばさばさの髪、背が高く痩せ型、丸いめがね。 あの若者がビル・ゲイツではないかと今も疑っている。
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