途端に店主の目が僕を無視して2人連れのほうへ行ってしまった。 テーブルの上に置いて、 交渉している北斎の牛を老紳士に渡そうとさえした。 僕としては非常に気分が悪い。 「ムッ!」として店主をにらみつけると、 「私は良いからこの方にどうぞ」 と老紳士が言ったみたいだった。 中国語はさっぱりだが感じで分かる。 が、言葉とは裏腹に目が牛に釘付けになっている。
秘書を見ると大体オーナーのステータスが分かる。 大物の秘書はこざっぱりして、賢そうで服装のセンスも良い。 しかしその反対に、 美人だがどこかだらしなさが漂う秘書連れのオーナーは 柄の悪いのが多い。 この分類でゆけはこの紳士はかなりな大物だ。 中国語が分からないと思ったのか、 秘書が英語で僕に話しかけてきた。
「交渉してください。私たちはしばらく待っていますから」 と言いながら狭い店なのにテーブルの横に椅子を持ってこさせ、 2人は座り込んでしまった。 それに「その牛は私のモノ」と言う気持ちがびんびん伝わってくる。 店主は僕との交渉を無視して、 香港大学の鑑定書を見せたりチェックの穴を指でこすったりして 彼らに説明している。 少々大人気なかったが 「オイ、牛、テーブルに戻せ」と大声を出した。 しかし蛙の面にションベン。 中国商人の怖いところは、 こちらが大声を出そうが机を叩こうが、 全く聞こえないかのように人を無視する。 どちらが、より自分の利益になるのかと言う面でしか 客を見ていない。 商売人としてはそれでよいのだろうが、僕は潤いも大事だと思う。
「あんたの値段では話にならんから、又後にしてくれ」 と、ついに言われてしまった。 「邪魔したな!」と言ってぼくもすっくと席を立った。 「時々掘り出しの出来る面白い店だが2度と来るか!」 と思いつつドアを押して外に出た。 しかし、骨董の仕入先というのは 沢山あるようでいて意外と少ない。 2、3ヶ月もすると又この店に舞い戻っている自分を ウインドウガラスに見た。 老紳士と秘書は、 何事もなかったような顔付で店主と話し合っている。
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