老紳士たちが出てゆくと、 「あなた、6000ドル分何か買ってください」と言う。 「2500ドル貰えばいいよ」と言うと、 ニコニコ顔の彼女がど迫力のあるオバハン顔になってしまった。 「あなた、お金まだ支払ってないのよ。 マカオのオーナーからも、貰らってないから支払えません」 と言うのだ。 どんな屁理屈でも、言いようによっては正論のように聞こえる。 中国商人のすごさと、したたかさを見た。 われわれ日本国も尖閣列島はこの手でやられるかも知れない。 「もういいわ」と言って店を出た。
3階の劉さんという、長年の取引がある店に入った。 香港に行く度に仕入をしているのでお供えのバナナを1本くれた。 それで気分が幾分か治まり仕入の品定めをした。 漢緑釉の大壺が10個ほど目の前の棚に並んでいた。 漢緑釉の壺は値下がりがひどく、 二十数年前の十分の一くらいになっている。 だから、誰も買わないのでどの店にも沢山置いている。 それでなんとなく見ていたのだが、 中に褐釉で馬の絵が描かれている珍しい大壺があった。 値段を聞くと3,000USドルだという。
「あなただからこの値段です。 こんな珍しい壺は骨董をやりだして30年、初めてのものです」 と嘘とも思えない説明だった。 その時ふとあの2人連れのことを思い出した。 2階の女店主のこともあったのですぐ支払いをした。 すると予感どおり、秘書連れの老紳士が ゆっくりとドアを押し入ってきた。 3回目の遭遇戦だ。 劉さんも顔見知りのようで、2人には大変気を使っている。
「ホーッ、漢緑で馬の絵か、幾らだ」と言ったようだ。 劉さんは非常に言いにくそうに僕に売ってしまったと彼に説明した。 「君、この壺売ってくれ」と、又言い出した。 2度あることは3度あると言うが、 同じようなパターンに入りかけた。 今度は僕が値段を言った。 「1万ドルでどうですか」と言うと、 一言も値切らず顎で秘書に鞄からお金を出させた。 もちろんインクのにおいのするピカピカの新券だった。 「君、やるねえ、先へ先へ出張っているがいい目してるよ。 馬や牛のいいのがあれば尋ねてきなさい」 と言われた。 そういいながら名刺もメモも何もくれないので誰かに聞いて来い、 とでも言っているようだ。
昔、金色のぎらぎらの背広を着たパチンコ屋のオーナーに、 ある美術館でこんなことを言われた。 「骨董集めには二つの方法がある。 金をかけるか、脚で探すかだ。 金で集めたものは骨董も金の顔をしているで。 脚で集めたものは汗の匂いがするで。」 と言われた。 この老紳士は金をかけ汗を流しているので、 とてもいいコレクションをしているように思う。 そのうち馬美術館でも作るだろう。
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