2005年1月中国国宝展が大阪で開催された。 朝日新聞の情報発信が上手なのか大変賑わっていた。 玉あり、殷・周の銅器ありと 感動する古代の美の結晶がたくさんあった。 しかしその中でもっとも光彩を放っていたのは仏像の数々だった。 玉、黄金、青銅など色々な素材や様式の違いから 時代や人々の持つ宗教感の違いも見えて楽しかった。
さて、ミャンマーの仏教は 隣国のインドから直接に伝わった時代と、 セイロンからタイ経由で伝わったものがある。 そこで製作された仏像の様式は多様なものだ。
7〜9世紀ごろ北部ミャンマーパガンにピュー族がいた。 彼らはインドから来た布教僧の影響を受け、 深く仏教に帰依し多くの素晴らしい仏像を作っている。 その仏像の尊顔はインド人の風貌をしており、 鼻が高く、目は窪んでいて幾分厳しい表情をしている。 我々が通常拝顔する日本の仏像の顔は 中国や朝鮮半島から伝わったものだ。 それらは表情や動きが乏しい。 対してミャンマーの仏像は始めてみる時、 怖いという印象を持つ人も多いが 仏像の初期の雰囲気を漂わせた豊かな表現力には心惹かれる。
この時代の仏像の特徴は手足が大きい。 山野を歩き、厳しい修行を重ねた仏僧の生き方を 写したものとなっているようだ。 10〜13世紀頃のパガン最盛期の作品は やや表情も柔和になっており、 多作な時代に入ったためかややふくよかな体格になっている。 それでも風貌の一部にインド人の面影が残っている。
この時代には仏磚なども多く作られ コレクターとして蒐集するのに 面白いジャンルがまだたくさんある。 何しろ我国で言えば平安から鎌倉時代に相当するのだ。 13〜15世紀頃は中部ミャンマーのペグーに王都が移り、 そこでも多くの仏像が製作されている。 装飾過剰気味なつくりとなっていて 頭頂部に宝珠や長い突起が付けられ半跏跌坐となる。 タイの影響が強く感じられる作品も多い。 他にバングラディッシュ近くのアラカン仏などが かなり古い時代から製作されている。
15、16世紀ごろにはシャン族の素朴な表情の仏像が作られている。 シャン州はタイ中部国境よりの地方で 山岳民族が多く住んでいる一帯だ。 彼らが信仰する仏像の顔は童顔の愛すべき表情となっている。 仏像といえばどこか重々しい感じを持つが ミャンマーの仏像たちはインテリアにも十分にこたえてくれる。 しかも昔の人々は仏教美術に本当に力を注いでいるので 精神性も備えているのだ。
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